デス・オーバチュア
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深い森の中で、二人の青年が斬り合っていた。 一人は、レトロ(復古調)な雰囲気の真っ黒な制服の上に青い外套を羽織った、十八前後の美形の青年。 もう一人は、短く切り揃えた銀髪にアイスブルーの瞳をした、黒いロングコートの青年だった。 西方のソードマスターにしてガルディアの黄金騎士ガイ・リフレインと、その師匠でもある殲風の紺青鬼(こんじょうき)こと斬鉄剣のディーンである。 「はあっ!」 ガイの両手に握られた青銀色の幅の広い剣『静寂の夜(サイレントナイト)』が、凄まじい勢いで振り下ろされた。 静寂の夜の進行上に存在する大木が剣風によって纏めて消し飛ぶ。 「ふん」 今の一撃と剣風を余裕でかわしたディーンの左足が、ガイの後頭部を蹴り飛ばしにかかった。 「くっ!」 ガイは僅かに屈伸し、左足の上段蹴りを回避する。 「ふっ……」 「安心するのが速いんだよっ!」 一息つく間もなく、ガイの顔面にディーンの右膝が迫っていた。 ガイは咄嗟に背中を反らして、右膝蹴りを避けようとする。 「があっ!?」 だが、完全に避けきることができず、ディーンの右膝がガイの顎に直撃した。 ガイは大木をへし折りながら吹き飛んでいく。 「まずは片刃だ……」 ディーンは左手に持ったトックリから酒を呑みながら、右手の木刀を遠ざかっていくガイに向けた。 「殲風院流終ノ太刀(せんぷういんりゅうしゅうのたち)……」 彼の周囲の小石や落ち葉や土塊が浮かび上がり、渦巻き始める。 「旋風・片刃(せんぷうかたは)!!!」 振り下ろされた木刀の剣先から、螺旋状の気流が解き放たれた。 桜の旋風の倍以上に巨大で荒々しい螺旋気流が、瞬時にガイに追いつき、彼を呑み込もうとする。 「……くっ! 反二重奏(カウンター・ドゥエット)!」 ガイは、己を呑み込もうとした螺旋の中心に向けて剣先を突きだした。 次の瞬間、より巨大になった螺旋気流が空の彼方へと『昇天』する。 「ふん、軌道を上へズラすのがやっとか? ちゃんと俺に打ち返してみせろ、未熟者が」 ディーンは吐き捨てるように言うと、トックリから酒を呷った。 「……つっ、悪かったな」 大地に片膝をついていたガイが、剣を杖にするようにして立ち上がる。 「まあ……そろそろいいか……?」 そう呟くと、ディーンは木刀を真横の大地に突き刺した。 「……何のつもりだ?」 「喜べ、ここからはちゃんと『剣』で相手をしてやる……最後に別れた時ぐらいの強さには戻ったみたいだからな」 ディーンは意地悪げな微笑を口元に浮かべる。 「……ちっ、今までの稽古は俺の錆落としのつもりか?」 ガイは死ぬほど不快げに舌打ちした。 「ああ、その静寂の夜(幼女)で楽をしてきた分、お前は明らかに弱くなってたからな……」 「…………」 素直に認めたくはないが、それは事実かもしれないとガイは思う。 「そんな錆び付いて鈍ったお前じゃ、どれだけ手加減しても殺しちまうからな……俺がこいつを抜いたら……」 両腰の青い曲剣の柄に、ディーンの交差した両手が添えられた。 「さあ、ここからが本当の『おさらい』の開始だ……死にたくなかったら、死ぬ気で受けろよ」 「なっ……」 無茶苦茶というか、何か矛盾しているような事を言う。 「疾風(しっぷう)」 「がっ!?」 ディーンの姿が視界から消えた瞬間、ガイは空高く打ち上げられていた。 「よく剣で受けた、次は……烈風(れっぷう)!!」 「い……無敵盾(イージスシールド)!」 ガイは突きだした剣の前面に透明な『盾』を生み出すが、飛来した強く激しい剣風がまるで硝子のように呆気なく盾を打ち砕く。 「そして、これが……」 ディーンは二振りの曲剣を大上段に振りかぶった。 彼の周囲を強風が荒れ狂るう。 「真の旋風(せんぷう)だっ!」 振り下ろされた曲剣の剣先からそれぞれ、先程よりさらに巨大で激しい螺旋気流が解き放たれた。 「くっ……」 烈風すら防ぎきれない脆弱な無敵盾など張っても無意味、螺旋気流(旋風)が二つ存在するのでカウンター……螺旋を捉えて打ち返すことも不可能。 「ならば……旋風・片刃っ!」 ガイは静寂の夜を振り下ろし、剣先から強大な螺旋気流を吐き出した。 相手の旋風は二つ、その上おそらくディーンの旋風は一つでもガイの旋風より強い。 それでも、中空でぶつかり合わせれば、旋風は直接ガイには届かない……旋風に呑み込まれることなく、三つの旋風の衝突時の衝撃に吹き飛ばされるだけで済むはずだ。 「甘いんだよ! 旋風・束(せんぷう・たばね)!」 「何っ!?」 二つの旋風が絡み合い、超巨大な一つの旋風と化す。 「ぐ……あああああああああああああっ!?」 超巨大の旋風は、小さな旋風を容易く蹴散らして突き進み、そのままガイを呑み込んだ。 「ふん、だからちゃんと『受けろ』って言っただろうが」 ディーンは青い曲剣を両腰の鞘へと戻す。 ガイを呑み込んだ超巨大旋風は、森を蹂躙しながらどこまでも遠くへと突き進んでいった。 「いいか、餓鬼? お前に教えたのはただ単に二つの螺旋気流を同時に解き放つ旋風までだ。旋風は束ねてより巨大にすることも、それぞれを逆回転にし……て、聞こえるわけないか?」 超巨大旋風によって森の木々は破壊尽くされ、果ての見えない地平が拡がっている。 姿が見えないと言うことは、ガイは超巨大旋風と共に遙か彼方に消えてしまったということだ。 「たくっ、この様で……もっと強くしろ? 新しい技を教えろ? 馬鹿も休み休み言え、阿呆がっ!」 吐き捨てるように言うと、足下のトックリを拾い、勢いよく酒を呷る。 「…………」 黒衣の少女タナトスは無言で二人の稽古を見つめていた。 というより、二人のあまりのデタラメぶりにコメントのしようがなかったのである。 「さて……次はお前だったな、黒いの?」 ディーンはタナトスに向き直る。 「ああ……はい、よろしくお願いす……します……」 「ふっ、別に口調は改めなくてもいいぜ」 恐怖からか、遠慮からか、タナトスの言葉は辿々しかった。 「ため口ぐらいで怒りはしない……それよりも……」 「……それよりも?」 「あんまり弱すぎると、殺しちまうから気をつけろよ」 「うっ!?」 無茶苦茶だ、気をつけてどうなることじゃない。 「よし、今日からお前も斬鉄剣で相手をしてやる」 「えっ……」 「安心しろ、お前に貸してやってる、それは強度的には斬鉄剣に劣らない」 タナトスの両手には、黄金の大鎌が握られていた。 「斬鉄剣は、あくまで込められた魔力に『力』があるだけで、材質自体はそう凄いものじゃない」 「…………」 「まあ、斬の現象概念を使えば簡単に斬れるが……使わないから安心して斬りかかってこい」 ディーンは挑発するように、右手の指を自らに向けてクイクイッと曲げてタナトスを招く。 「では……行きます!」 タナトスは迷いを振り切って、全力でディーンに挑んだ。 「滅!」 一足で間合いを零にし、大鎌を迷わず振り下ろす。 「つっ!?」 大鎌の刃は大地に深々と突き刺さっていた。 「思いっきりはいい……下手な小細工を覚えるより……そのまま牙をさらに磨け」 背後から声がしたかと思うと、背中に凄まじい衝撃を受ける。 タナトスは前方に吹き飛んでいく……背中を思いっきりディーンに蹴り飛ばされたのだ。 「殲風院流弐ノ太刀……」 ディーンの両手が交差して曲剣の柄を握る。 「烈風!」 双剣が同時に抜刀され、剣風が自分に向かって解き放たれるのを、空中で体勢を立て直したタナトスは確かに視た。 「……乱!」 タナトスは大鎌を振り回し、数え切れない程大量の死気の刃を一斉に撃ちだす。 なぜか、タナトスは魂殺鎌がなくても『死気』を変わらずに使えた。 「ほう……」 「埋め尽くせっ!」 さらに死気の刃の数を増やしていく……タナトスは死気の刃の弾幕で、迫る剣風を遮るつもりのようである。 「だが、脆弱だ」 「なっ!?」 剣風は全ての死気の刃を消し飛ばし、さらに、タナトスをも吹き飛ばした。 「……殲風院流終ノ太刀……」 ディーンの周囲を強風が渦巻き、荒れ狂う。 「旋風・乱(せんぷう・みだれ)!!!」 振り下ろされた曲剣の剣先からそれぞれ、巨大で激しい螺旋気流が解き放たれた。 競争するかのように空を駆け抜けていく二つの旋風は互いに逆の回転をしている。 「くっ……」 デスストームを作る間はない、死気の刃などいくつ生み出しても纏めて蹴散らされると、タナトスは瞬時に判断した。 「はあああああああああああっ……!」 大鎌を盾のように突きだし、全身から闘気を……死気を全開で放出する。 「そう、それでいい……それがもっともダメージを少なくする選択だ……」 二つの旋風がタナトスに直撃し、獲物をそれぞれ逆方向に引き込もうとした。 「あああああああああああああああああぁぁぁぁっ!?」 体を二つに引き裂かれる痛みに、タナトスの口から悲鳴が漏れる。 二つの旋風は、タナトスを引き裂こうと引き合いながら、地平の彼方へと消えていった。 「ちょっと!? 姉様は大丈夫なんでしょうね!?」 姉を捕らえた旋風が彼方へ消えていくのを目撃し、たまらずクロスが声をかけた。 「大丈夫だ、死気で全身を包んでガードしていたからな、引き千切れはしないだろう……多分な……」 「多分っ!? 多分って何よ!?」 クロスは、ディーンが斬鉄剣を鞘に戻しながら小声で呟いた最後の言葉を見逃さない。 「心配するな、もしもの時は生き返らせて……」 「生き返り!? 嘘、そんなことがで……」 「冗談だ、できるわけないだろう」 「はい!?」 「まあ、即死じゃなければ治癒してやれるし……逆に綺麗に即死したら即死したらで……」 ディーンは途中で言葉をくぎった。 「即死したら何よ?」 「いや、何でもない……いらぬ心配だ。それより……」 「解っているわよ、次はあたしの番だって言うんでしょう?」 クロスは気合いを入れるように、両手の拳を打ち合わせる。 「銀髪の魔女の力見せてあげるわ!」 「それは楽しみだ」 言葉通り、とても楽しそうな微笑を浮かべた。 「予め言っておくが、普通の七霊魔術など避けるまでもなく俺には効かぬからな」 「……まあ、今までのデタラメぶりからそうじゃないかと思ってはいたけど……あなた、本当に人間……?」 まるで魔族や神族といった高次元存在的なデタラメさである。 「ああ、俺は誰よりも『人間』だ」 ディーンは欠片の迷いもなく即答できっぱりと宣言した。 「ふん、それに人間うんぬん言うんだったら……お前ほど人間から縁遠い人間もあるまい?」 クロスを見透かすような、意地悪げな微笑を口元に浮かべる。 「ど……どういう意味よ……?」 何か思い当たることがあるのか、クロスは明らかに動揺しており……その動揺をなんとか表には出さないように努めているようだった。 「紛れもなき女神の魂と……魔王にも等しき穢れた魂……神にも魔王にも成れる資質(資格)を持ったふざけた人間(存在)……それがお前だ」 「……セレスティナと……シルヴァーナ……でも、シルヴァーナは人間……」 「いや、アレの呪詛と憎悪はすでに人の域じゃない……容易く魔に堕ちることができるさ」 「…………」 「……まあいい、お喋りはこれくらいにするか。さあ、魔術でも拳でも、どこからでも好きにかかってきな」 ディーンは両腰の曲剣の柄に交差させた両手を添える。 「…………」 ガイやタナトスとの戦闘……本人にとっては稽古のつもりだろうが……を見ていて、この体勢からの抜刀からディーンの攻撃が始まるということは見抜いていた。 「…………」 抜刀された時にはすでに、烈風に吹き飛ばされているか、疾風で斬り捨てられている可能性がとても高い。 「赤……」 「遅い」 呪文を唱えようとした瞬間、真横を駆け抜けられる感覚を覚えた。 視界からディーンの姿は消えており、頭が少し軽くなったような気がする。 腰まであったクロスの銀髪が、セミロングの長さに切り揃えられていた。 「……酷いわね……女の命をなんだと思っているのよ……?」 クロスは短くなった銀髪を風に流して、背後を振り返る。 「ふん、別に本物の命を奪ってやっても良かったんだぜ」 そこには、不敵で意地悪げな微笑を浮かべたディーンが立っていた。 「……魔界に生きる三種の鬼神……」 クロスは呪文の詠唱を開始する。 「三鬼刃神(さんきはじん)……いや、三鬼刃王神(さんきはおうじん)か」 ディーンは先程のように斬撃で迎撃せず、無防備というか自然体で立ったままだ。 「修羅王シュラ! 夜叉王クヴェーラ! 羅刹ラーヴァナ!」 予想通り、クロスは魔界の三鬼神の王の名を口にする。 「修羅の究極の力! 夜叉の至高の力! 羅刹の終焉の力! 汝らの全てを我に捧げて……刃と化せ!」 突き出した両手に多種多様な光が集まり、荒れ狂い、クロスの姿を覆い隠した。 荒れ狂う光の奔流が球体状に纏められていく。 「三鬼刃王神(さんきはおうじん)!」 クロスの何百倍もの大きさの光の奔流でできた球体が、ディーンに向かって一気に解き放たれた。 「見事な構成力だ……はああああああああっ!」 掛け声と共に、ディーンの全身から爆発的な勢いで闘気が放出される。 「烈風!」 双剣の抜刀と共に解き放たれた剣風が、光の奔流を一撃で跡形もなく消し飛ばした。 「嘘っ!?」 剣風……抜刀の衝撃だけで消し飛ばすなどデタラメにもほどがある。 「納得いかないなら、その身で味わってみなっ!」 ディーンは右手の斬鉄剣だけを振り下ろした。 「ちぃっ!」 クロスは反射的に両手で顔面を隠し、魔力の障壁を前方の空間に構築する。 だが、剣風は容易く魔力障壁を打ち砕き、彼女を上空へと吹き飛ばした。 「ほら、もう一発」 ディーンは左手の斬鉄剣を、空のクロスに向けて一閃する。 目に見えない衝撃……剣風がクロスを追って空を駈けた。 「くっ! 来たれ、冬の北風、我が敵を切り裂くために! 緑霊朔風斬(りょくれいさくふうざん)!」 クロスの振り下ろした右手から緑色の風の刃が放たれる。 緑色の風の刃は、迫り来る剣風と激突した。 剣風はほんの僅かに威力を落としただけで、風の刃を一瞬で消し飛ばし、クロスへと向かった。 「緑霊乱気流(りょくれいらんきりゅう)!」 突きだしたクロスの両手から放出された大量の緑風が、強く激しく乱れ狂う。 しかし、剣風は緑色の乱気流を纏めてクロスごと吹き飛ばした。 「終わりだ……ああああああああああっ!」 ディーンの体中から噴き出した闘気が、渦巻く周囲の風と共に荒れ狂う。 「……殲風院流終ノ太刀……旋風・穿刃(せんぷう・せんは)!!!」 振り下ろされた斬鉄剣の剣先から吐き出された二つの旋風は、束ねられて超巨大な旋風になったかと思うと、先端から細く細く集束されていき、旋風の先端が鋭利に尖りった回転錐(ドリル)のように窄まっていった。 「散華したくなかったら、死ぬ気で受けて見せろ!」 「ちぃっ! 輝き叫べ、神魔(しんま)の拳! 打ち砕け、あたしのシルヴァーナ(銀光)! 舞い上がれ、あたしの中のセレスティナ(神の鼓動)!」 クロスの両手袋に埋め込まれた赤い宝石の中に六芒星が浮かび上がると、赤と銀の閃光を放つ。 「天上天下唯我独尊! 神魔滅殺拳(しんまめっさつけん)!」 壮麗な銀の籠手『神魔甲』と化した右手が、神も、魔も、この世のあらゆるものを消し去る銀光を放ちながら、迫る風の超巨大回転錐(ビックドリル)の先端を殴りつけた。 大空を全て埋め尽くすかのような風の爆散。 「やはり、現時点ではお前が一番強いな……」 ディーンはゆっくりとした足取りで、元は森だった荒れ地を歩いていた。 「死ぬほど加減したとはいえ、俺の旋風・穿刃を打ち砕いたのはお前が初めてだ……素直に誉めてやるよ」 愉快げな微笑を浮かべると、歩みを止める。 「だが、あくまでお前が『力』は一番強いというだけだ……餓鬼や黒いのと殺り合えば、お前が負ける確率の方が高い……」 ディーンが両手を差し出すと、クロスが空から落ちてきて、すっぽりと収まった。 「お前は遅すぎるからな」 クロスを抱きかかえなおすと、彼女の耳元に囁く。 「相手が正面からの力押しの勝負に付き合ってくれるとは限らない……呪文詠唱、闘気や魔力の錬成……その『隙』に一太刀くれるだけで簡単にお前は倒せる……所詮は魔術師だ」 魔術ではなく、体術で戦う際も、クロスには隙が多すぎた。 それは彼女の本職が魔術師であり、正式に体術を学んだ者ではないからだろう。 所詮は素人の見よう見まね、天分の身体能力と格闘才能(センス)に頼っているだけだ。 「さて、どうしたものか……」 「…………」 クロスは疲れ果てたような、ある意味スッキリしたようにも見える表情で眠っている。 「ふん……なるほど、魔王とかに好かれるわけだ……磨き甲斐のある原石ってところか……」 ディーンはどこか自嘲的な微笑を浮かべながら、庵を目指して歩いていった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |